ラテンアメリカといえば・・・
しかし残念ながらとりわけ多く言われるのが、治安の悪さ。
とりわけ治安が悪いと噂されるのが、中米の小国「ホンジュラス」。過去には世界一治安が悪い国とも呼ばれ、日本では治安の悪さとコーヒー以外で取り沙汰されることは珍しいです。
しかし、現状はどうなのでしょう?本当にホンジュラスは行くのも憚れるほど危険なのでしょうか?
本日はそんなホンジュラスについて取り上げます。
治安が世界一悪い?ホンジュラスという国
ホンジュラス共和国は中米に位置する、日本の国土の3分の1にも満たない小さな熱帯の国です。
人口は958万人(2018年、世界銀行)で、スペインの植民地だった影響でスペイン語とカトリックが普及しています。
首都はテグチガルパですが、経済と産業の中心は第二の都市のサン・ペドロ・スーラ。
主要産業は農林牧畜業(コーヒー,バナナ,メロン,パーム油,養殖エビ等)。20世紀初頭には、外資企業による搾取・内政干渉状態となった「バナナ共和国」の最大の被害者でもありました。
2018年の名目GDPは約240億ドルと、島根県の名目県内総生産と同程度の経済の大きさ(2016年は約2.5兆円、内閣府)で、ラテンアメリカの中でもハイチとニカラグアに次いで一人当たりGDP(PPP調整済み)が低くあります。
ホンジュラスの治安について
ネットでは「立ち寄ったら生きて帰れない!」「入国した最後殺される」といったセンセーショナルな記事で溢れていますが、実際のところどうなのでしょう。
確かに統計上はホンジュラスの治安はとても悪いです。治安状況は過去最悪だった2012年よりは改善しているものの、外務省海外安全ホームページでは、首都テグチガルパと主要都市を含んだ9つの県が「レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」、その他の地域が「レベル1:十分注意してください。」に指定されています(2020年5月現在)。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、2018年のホンジュラスの人口10万人あたりの殺人率は38.9人で、世界で5番目に高い国です。2018年の一年間に3732人が殺害され、1日あたり約10人が殺害されている計算となります。
過去最悪の水準だった2011人には83.8人という殺人率が世界一高かった歴史があり、現在はその半分以下に減少していますが、危険度は依然高いと言えます。
英エコノミスト紙の世界平和度指数(Global Peace Index)では、2019年のホンジュラスは分析対象162国のうちランキング132位とされ、平和度はかなり低い水準とされています。この中でも「社会安全とセキュリティ」の項目では、最下層の146位です。
一方、2017年の刑務所の収容可能人数は1.2万人であるのに対して総逮捕者数は1.9万人(UNODC)と、収容可能人数を大幅に超える人数が逮捕されているために刑務所の過密状態が問題となっており、刑務所内の犯罪やギャング活動が見受けられています。
地理的にメキシコと南米の間に位置することで、中米一帯はアメリカ大陸の麻薬流通の要となっています。メキシコの麻薬カルテルがコロンビアやペルーで生産されたコカインを中米を通してアメリカへ輸出するという流通構造が作られ、麻薬カルテルの中米への影響力を強める要因となっています。
2018年以降話題になったアメリカを目指す中米移民キャラバンはホンジュラスを含めた中米3カ国の移民から構成されており、国内ではキャラバンを狙った強盗や誘拐といった犯罪の危険性があるため、移動ルートに近づかないことが警告されています。
他方、ホンジュラスでは政治不安が大きく、2009年に当時の大統領が軍事クーデターによって追放された事件が起きたほか、暴力行為の伴う抗議活動が散発しており、2019年には大統領選挙で再選を果たしたエルナンデス大統領の不正選挙疑惑を背景にデモと治安維持組織との武力衝突が一年余り続きました。
また、ジャーナリストへの暴力やメディア検閲などが問題点として指摘されています。
しかし、2010年代中旬からアメリカの多額の援助により犯罪者減少型から犯罪抑制型への治安対策の路線転換によって殺人率は2011年の半分以下に下がったのは大きな成果です。他のネット記事で取り上げられているようなショッキングな情報は8年近く前のデータや偏見に基づいていることが多く、現在は治安が回復傾向にあります。
マラスとは
「マラス」とは、中米諸国やアメリカに活動をまたぐ青少年凶悪犯罪集団のことで、凶悪な国際ギャングとして悪名を轟かせています。その活動内容は暗殺、強盗、誘拐による身代金要求、人身売買、売春、マネーロンダリング、麻薬取引、恐喝など多岐にわたっており、ホンジュラスやエルサルバドルの凶悪犯罪の中心です。
元々は1979年以降に内戦を逃れてアメリカへ移住したエルサルバドル移民によって結成されたロサンゼルスの地元のギャングだったのが、構成員の祖国への強制送還によって中米へも組織が持ち込まれたものです。二大ギャングの「マラ・サルバトルチャ(MS-13)」と「バリオ18(M-18)」の対立構造があって、ギャング間抗争が頻繁に行われて殺人率を上げる主要要因となっています。
マラス間の抗争以外にも、現地住民への恐喝が日常的に行われていて、マラスの縄張り内に住む市民は「みかじめ料」を払うことができなければ殺されるという状態で生きることを余儀なくされています。
また、刑務所が飽和状態で管理が行き届いていないことや、刑務所内での殺人を避けるためにギャング別に各刑務所に収容した結果、刑務所内から逮捕されたリーダーが遠隔で指揮を執るという、いくら逮捕しても治安改善に効果を成さない状態でした。
マラスについてもっと詳しく知りたい方には、東京外国語大学卒のジャーナリスト工藤律子氏の『マラス 暴力に支配される少年たち』(2016年、集英社)をおすすめします。マラスの内実や現地住民への影響を現地NPOや本物の構成員への取材から徹底的に調べ上げ、現地の残虐で無慈悲なリアルを描き出しているルポルタージュです。ただ問題点を述べるだけではなく、「内」と「外」双方から見た議論や行政・教育・宗教面の分析など多角的な視点で取り上げている、貴重な国内図書です。第14回開高健ノンフィクション賞受賞作でもあります。
元殺人率世界1の都市・サンペドロスーラ
サン・ペドロ・スーラ(San Pedro Sula)とは、ホンジュラスの第二の都市で、経済と産業の中心です。
残念ながらホンジュラスの中でも特に治安の悪い都市として悪名高く、2013年は当時として過去最悪の数値の10万人当たりの殺人率が186.6人で、「世界の殺人首都」という不名誉な称号を与えられました。国全体としての過去最悪の殺人率は83人だったので、いかに当時の治安が悪かったかうかがえます。
しかし、現在はピーク時の1/3以下の60.6人(2019年)まで下がり、治安回復の兆しが見えています。
これといった観光地も少ないため、基本的に外国人旅行者は観光目的で行くことはないでしょう。ただし、サン・ペドロ・スーラは国内交通の要で、有名観光地へ行くためのハブとしての役割を果たしています。安全面から人気の高い中米全体を縦断する国際バスのTICAバスもサン・ペドロ・スーラと首都テグチガルパでのみ停車するため、ホンジュラスを通過する人は立ち寄ることになります。TICAバスは早朝の6時にサン・ペドロ・スーラを出発するので、国内の他地域からTICAバスに乗るために来る人は必然的に一泊することになります。
サン・ペドロ・スーラで滞在する際には、市街地の中心か環状道路のシルクンバラシオン(Avenida Circunvalación)南部のホテルに泊まることを推奨します。中でもゲストハウスの「Dos Molinos B&B」は、大型ショッピングモールから徒歩10分の距離で、24時間いつでもバスターミナルへの送迎があるのでおすすめです。
ホンジュラスの治安の実態とは?
結論から言いますと、ホンジュラスは外国人にとって「他の後進国よりデリケートで気を付けなければいけないが、対処法さえ知っていれば無事に過ごせる国」だと思います。
殺人などの凶悪犯罪が行われているのは専らマラスや犯罪集団の抗争によるもので、確かに一般市民への甚大な被害もありますが、外国人旅行者や駐在者を狙ったケースは日常的ではありません。特段犯罪を誘発するような行動を取らない限り日本人がホンジュラスにいて殺害や誘拐の被害に遭うほどの事態になることは稀でしょう。
治安の悪い区域は地元の人々に知られており、不要にそこに立ち入ることはなく、外国人が興味本位で近づくことはもってのほかです。観光地や街の中心はギャングの積極的な活動範囲外ですが、街の散策がてら出歩いていたら気づかないうちに治安の悪い区域に入っていた、ということはありえます。絶対にその街の危険区域を予めネットやホテルの宿主から情報を入手しなければいけません。
危険区域外でも路上のスリや強盗が先進国と比べたら多いのは事実で、邦人被害のほとんどがこれによるものです。銃の入手が容易な環境であるために銃強盗が多く、万が一強盗に銃や刃物を突き付けられて脅された場合は絶対に抵抗せずに要求されたものを渡しましょう。
誰でもできる防犯対策としては、貴重品を見えるように持ち歩かない、夜間の外出を控える、一人で出歩かない、信用できるタクシーを乗る、常に警戒して用心する、現地人と揉めるような行動と取らない、質素な服を着る・・・どの途上国でも当たり前な防犯対策を意識するだけで、犯罪に遭うリスクを大幅に減らすことができます。
ホンジュラスの貧困について
ホンジュラスの治安の悪さの根本的な原因は、国内の高い貧困率にあるといえます。
世界銀行によると、ホンジュラスの都市人口の27.4%がスラムに住み(2014)、総人口の48.3%が国内貧困線、16.5%が1日$1.90以下の収入及び支出という絶対的貧困で暮らしています。
国内の貧困率としてはラテンアメリカ諸国の中でもワーストレベルで、ハイチに次に低いです。貧困層の平均的所得と貧困ラインとの格差を表す貧困ギャップ率と、貧困層内における経済格差を表す二乗貧困ギャップ率も同様のレベルで、国内の所得配分の格差もブラジルに次いで大きいです。ホンジュラスと同じくマラスの問題を抱えているエルサルバドルやグアテマラと比較しても貧困の度合いは顕著です。
スラムの青少年が貧困脱出を望んでマラスに入るケースはとても多く、高い貧困率の解消がなければ犯罪の根本的原因は解決し得ません。
そして、渡米という「エクソダス」を目指すホンジュラス移民も、この貧困率に起因していると言われています。ホンジュラス国内外のシンクタンクが行った複数の研究ではホンジュラス移民の8割以上が経済的困窮から経済難民になったという結果が出ており、マラスによる暴力以上に難民創出の原因となっています。
つまり、ホンジュラスの現状は、高い失業率・食糧不足・低賃金労働力に依存した軽工業品輸出志向型経済・教育の不十分・腐敗による政治的不安定性などといった要因による高い貧困率が作り出したもので、マラスや犯罪の蔓延はその一側面でしかありません。
マヤ文明の遺跡、格安ダイビングライセンス・・・治安が悪いだけじゃない、ホジュラスの魅力
まさしくその通りです。
こんなホンジュラスですが、魅力もたくさんあります。美しい自然やスペインによる侵略以前の文化など、知られていない見所でいっぱいです。
マヤ文明のコパン遺跡
グアテマラとの国境近くにあるコパン遺跡は、5世紀から9世紀にかけて繁栄した古典期マヤの遺跡です。数々の繊細な彫刻群と神聖文字が残されており、ホンジュラスの主要観光スポットの一つです。1980年にはユネスコ世界遺産に登録されました。
日本からはODA支援の一環として金沢大学の協力のもと観光目的とした公園整備が行われてました。成果の一つとしてコパン遺跡をフルCGで再現した「コパンデジタル博物館」が開かれ、開所式の際には眞子内親王殿下がご視察されました。
遺跡は近隣の街の「コパン・ルイナス(Copán Ruinas)」から徒歩でアクセスでき、街中にコパン遺跡の発掘品モチーフのオブジェや飾りが施されています。
コパン・ルイナスへのアクセスはサン・ペドロ・スーラから直通バスが出ているほか、グアテマラ国境のエル・フロリド(El Florido)からも30分ほどかけてバスで到着できます。また、街のはずれに2015年に完成した空港もあります。
グアテマラとの国境のエル・フロリドからのバスは18時の便が最終で、その後は国境自体は開いていますが、コパン・ルイナスまでの公共交通機関がありません!グアテマラのバスが時間通りに着くことはまずないので、時間に余裕を持たなければいけません。18時以降に着いた場合はグアテマラ側のホテルで一泊しましょう。筆者はちょうど退勤した税関職員がトラックの荷台に乗せてくれて切り抜けましたが、安全面・治安面からまったくおすすめしません。
ホンジュラスで格安にダイビングライセンスを取る!
北岸をカリブ海に面しているホンジュラスでは、美しいカリブの海でスキューバダイビングやビーチでリラックスする場所がいくつもあります。
中でも有名なのがウティラ島(Utila)とロアタン島(Roatán)で、ホンジュラス本土から北方60㎞にある、カリブ島に浮かぶベイ諸島の一部です。
ロアタン島のほうが島が大きく、リゾートホテルからホステルまで幅広い層の観光客を惹きつけています。そのためロアタン島の方が物価が高めで、いわゆる「南国のリゾート」といった雰囲気です。
一方ウティラ島の方が小さいですが、バックパッカー向けの安宿が多く、地元住民とも距離感が近いため中米縦断中のバックパッカーの聖地として知られています。
最大の魅力は、スキューバダイビングのライセンスを格安に取得できるところです。ウティラ島はかつて世界一安くダイビングライセンスを取得できる場所だと有名で、今は知名度と人気上昇のため物価があがりましたが、今でも非常にお手頃でスクールに通えます。とあるスクールでは、税込$258の費用でPADIオープンウォーターダイバーライセンス、コース中の4回のダイビング、ライセンス取得後に2回のダイビング、5泊の宿泊代がすべて含まれています。国内の講習代の相場は6-7万円なので非常にお得です。
アクセスは本土のラ・セイバからフェリーが運航されているほか、国内各所からロアタン島に飛行機で行けます。
ホンジュラスの高品質コーヒー
国土の三分の一が標高1000m以上で気候も栽培に適した条件のため、ホンジュラスはコーヒー生産の隠れた名産地です。世界のコーヒー輸出国の中では7番目に輸出量が多く、国際市場の4%がホンジュラス産コーヒー豆です。現在は10万以上の農家がコーヒー豆栽培に従事しており、そのほとんどが小規模農家です。
ホンジュラス産コーヒー豆の特徴は、ブレンドしやすくて飲みやすい点、そしてフルーティーでベリーのようなライトさとキャラメルのようなダークさの組み合わせが上げられ、アプリコットやチョコレートを思わせる味と評価されています。
近年交通網の発達によって流通が進んだのと、グアテマラやニカラグア産のコーヒー豆に対抗するために小規模農家が高品質栽培に着手したことで生産が伸び、今ではスペシャリティコーヒー豆の代表格ともいえる存在になりました。
日本でもスターバックスでやカルディといった有名店でも販売され、徐々に認知度も高まっています。
ホンジュラス産の高品質な豆を買って自宅で飲んだり、現地を訪れた際にはコーヒー豆農家を訪れたりするのはいかかでしょうか?
まとめ:ホンジュラスの問題は治安より貧困
たしかにホンジュラスは治安が悪いです。一時より回復したとはいえ、他の発展途上国と比べても格段に犯罪の多さが目立ちます。
殺人率の高さから「治安の悪さ」だけに焦点が向けられがちですが、本当の問題はその原因の貧困であり、発展途上国から抜けだせない構造的な状況であります。外資企業の搾取の歴史や新自由主義と構造改革、そして汚職問題と、様々な問題が重複的に絡み合っているのが現状です。治安はその一側面でしかありません。
しかし、たくさんの魅力が詰まっている国でもあります。今回紹介した場所以外でも、美しい自然公園やコロニアルな街もあり、治安を理由に避けるのも勿体ないです。
筆者が実際にサン・ペドロ・スーラを訪れた際も、身の安全を最大限に配慮して行動していたため危険な目には全く遭わずに無事出国することができました。極貧旅もいいですが、「安全は金で買え」と言う通り、治安が悪いと言われている国と地域では余分な出費をしてでもセキュリティを確保することが大切です。少しの油断が命取りとなり、思いもよらない事態になることは全くあり得ます。
実際に行ったときには、くれぐれも気を付けつつ、魅力を最大限楽しみましょう!